作家の川上未映子さん(酒巻俊介撮影)
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現代の日本文学作品への注目度が英語圏で高まっている。ここ数年は女性作家が著名な文学賞を相次ぎ受賞しており、今年の英ブッカー国際賞の最終候補6作品の中にも川上未映子さん(45)の長編小説「ヘヴン」が入っている。躍進の背景には、作品の力に加え、英米の出版界の潮流の変化がある。
「自分の作品が異なる言語で読まれることに感動がある」。そう喜ぶのは5月26日(現地時間)に受賞作発表が迫るブッカー国際賞にノミネートされた川上さん。同賞は英国で最も権威のあるブッカー賞の翻訳書部門で、受賞者が後にノーベル文学賞に選ばれた例もある。日本の作家で最終候補に残るのは、一昨年の小川洋子さん(60)に続き2人目となる。
候補作「ヘヴン」(平成21年、講談社刊)は、いじめを受ける14歳の少年の物語。昨年に英語版が出ると〈美しくも残酷な10代の少年が自分の胸に座っているような気持ちになる〉(英紙インディペンデント)など、有力紙の書評で高く評価され話題となった。
昨年には松田青子さん(42)の短編集が米の世界幻想文学大賞(短編集部門)を受賞し、柳美里さん(53)も一昨年の全米図書賞(翻訳文学部門)を受けた。賞レースに絡む日本文学作品が増えた背景には、受け手の側の変化もある。映画の祭典、米アカデミー賞では「白人偏重」が問題視され賞の改革が進む。出版界でも、人種や性別などの多様性への意識は強まっている。
「英語という単一の言語に閉ざされがちだったことへの反省が広がってきた。『多様な声』をすくい上げる翻訳文学への関心は高まっている」と、翻訳家の辛島デイヴィッド・早稲田大准教授は話す。全米図書賞が2018年に翻訳文学部門を35年ぶりに復活させたことや、当初は作家の業績に対して与えられていた英ブッカー国際賞が、16年から一つの作品を選考対象とする賞に変わったのは象徴的だという。結果、まだ英訳が少ない作家も正当に評価されるようになった。
翻訳者の層も厚みを増している。戦後に谷崎潤一郎や川端康成らが紹介されたころ、英訳を担ったのはドナルド・キーンさんら日本文学研究者が中心だった。だが村上春樹さん(73)の英訳が進んだ1980年代以降は大学に属さないフリーの翻訳家が増え、自らの感性に合った新しい作品を積極的に訳す例が目立つ。コンビニで働く独身女性の格闘をユーモラスに描く、村田沙耶香さん(42)の芥川賞受賞作「コンビニ人間」も4年前にフリーの翻訳家が英訳し、英米で25万部を超えるベストセラーに。「日本の女性作家の独特な奇想やユーモアを評価する声も多い」(出版関係者)といい、日本の新たな才能を探す動きが英米で活発になっている。
辛島さんは「今の良い流れを一過性のブームに終わらせないために、海外の翻訳者や編集者と固い信頼関係を築いて継続的に本を出せる環境を作ることが大切になる」と話している。
筆者:海老沢類(産経新聞)